私の絵は、タテとヨコのタッチを強調している。垂直と水平、それが一番画面に力を生むと思うから。最近のはやりは、平板に均一に塗り込めてしまうが、それではナマの、人の手を動かして生み出したものではなくなってしまう。最近のデジタル技術の導入で、手がきの呼吸と実感が失われるのではと危ぶんでいる。私があえて塗り残したり、細部を描き込まずにおいたりするのは、その方が自然だから。人間がものを見ている時の印象というのは、見えているところと見えていないところがあって、本来あやふやなもの。隅から隅まで描き込んでおけば安心、というのは作り手の自信のなさの現れだ。

 どこか不安定なもの、危うくて未完成なものの方が、新鮮で生きた表現になると思う。安定した完成より、完成に向かっての進行形。崩れそうで崩れない、綱渡りのようなスリリングさに惹(ひ)かれる。これは私の趣味かな。どこかの「長寿番組」のような、安心の材料、気休めのようなものとして世間に流れるのなら、それは価値が知れてる。作品は「安心してはおれないぞ」と強くアピールするものでなくては。

朝日新聞デジタル:小林七郎、背景美術を語る - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能
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